超ハッピーで万々歳

そんな訳あるかw

風呂に入りながら書くもんじゃない

久しぶりに自殺について調べた。死ぬのも大変だなぁと思った。

 

自殺しようとして検索をかけた人に向けてメッセージを書いているnoteやらホームページやらって結構あるんだけど、あれの対象になってる自殺志願者に私は当てはまらない気がしてならない。よく言うじゃないですか、「死ぬ前に逃げろ」って。あれってきっつい状況下(例えば長時間労働パワハラ、虐めとか)にいる人が自死を考えている時に止める言葉だと思うんだけど、私ってそうじゃない。ただただ生きるのが面倒くさくてやる気がないので、さっさと早いとこ死にたいと思ってる。こういう人って他にもいるのか少し気になった。ただこの話はすっげー暗いし、厨二臭いし、自分に酔ってる場合があるから人に聞くのが難しい。ああだめだ、何が書きたいのかわかんないじゃん。これだからダメなんだよなぁ

 

死ぬほど恨んでる人は居ない、家族にも金銭的にも恵まれてる、友達もいるし、精神疾患や重い病気にかかっている訳でもない。元気なのに努力をしないでのうのうと生きてる。それでいて些細なことで毎日死にたいと嘆くのはネジでも外れているのだろうか。信頼出来る友達に今までのことや今思っていることを話したら「精神科に一度行ってみたら?何も変わらないかもしれないけど、行動してみるのもいいかもよ」とアドバイスをくれた。友達は私とは比べ物にならないくらい壮絶な人生を送っており、精神科にもお世話になったことがある子なので、私みたいなひょろひょろした自殺動機のクソ野郎の話を聞かせるなんてとても申し訳ない。加えてこの友達に自分のことを話している時にも思うのだ。「今この話をしている自分は悲劇のヒロインになりたいのかもしれない。自分の感情を最もらしく語っているだけで、本当は何も苦しいことなんてないのかも。そんな状態で医者になんかかかったら今までみたいにそれは逃げだと言われるのではないか」と。今このはてブロを書いている自分もそうだ。きっと可哀想可哀想してもらいたいだけで、自分を正当化したいだけなのだ。いつも矛盾する自分が情けないが、これ以上どうしたらいいかかわらない。自分がネガティブすぎるのも自覚しているつもりだし、人に指摘してもらったこともある。これが良くないことなのもわかるし、こんなことを考えている暇があるなら少しでも勉強をして将来苦労しないように務めるべきであることもわかっている。分かっているつもりなのだが、それがどうにも面倒臭い。頑張りたくないこれ以上生きたくない早く死ぬほうが楽だ。でも死ぬと多大な人に迷惑がかかる。あんまり好きじゃない親もきっと悲しむだろう。向こうは私の事好きなのだろうから。友達だってきっと悲しんでくれる。ショックでPTSDになってしまう可能性がある事だって知ってる。あと死ぬとめちゃくちゃお金がかかることも学んだ。調べた。だから知ってる。わかってる。自殺は良くない、してはいけないことだってわかってる。全部わかってるのにまだ死にたい。こんなにも恵まれていて、あとは自分の行動次第でいくらでも好転するとわかっているのにまだ死にたい。生きるのが面倒くさくて面倒くさくて面倒くさくて仕方がない。生き甲斐とかわからないし、つきたい職業だってない。いや、今この何も勉強していない私はどの企業にも務められない気がする。だから死にたい。どうだろう、クズだろう。とてもクズだどうしようもない馬鹿だわかってるんだ。だから早く死にたいのに死ねない。勇気もないかも。本当に情けない。だから死にたい。

 

風呂に入って無心でこの文を打ってたらだいぶ時間が経ってしまった。浸かってるお湯も体も冷えきってる。もう就活も間近。いい加減身の振り方を考えなければならない。